駅前糸脈

後期高齢の内科臨床医

世の中には曖昧模糊としたところも多い

    

 

 曇っていて涼しい。鳥の鳴き声もあまりせず、静かな朝だ。梅雨入りした模様だが、果たしてこれが梅雨の天気だったかなあと、どうも記憶が曖昧だ。

 ものの値段は需要と供給で決まるとされているが、怪しげなところも多い。この頃、視力が衰え細かい字が読みにくくなった。水曜日と木曜日を間違えることが何度かあった。耳の方も、雑音の中で聞き取る力が弱くなったようで、時々聞き返してしまう。

 もう三十年も通っておられる、昔**の小町と呼ばれたSさん、今も少し名残がある、「補聴器を買ったのよ」と言われる。「調子はどうですか?」に「今調整中なの、よく聞こえるわよ」と言われる。補聴器は高価と聞いていたので「お高かったんじゃないですか」と聞くと「ううんそうでもないわ、二十万くらいよ」と言われる。首を傾げると「安いものよ、インプラントに比べれば」と言われる。「下の歯だけで車が買えるわよ」。あっと驚く一本四十五万。おぼろげな記憶では二十年前は一本八万くらいだったような記憶だが?。内科慢性疾患の指導料は数百円上がっただけだ。言いたくないがどういうことと口に出そうになる。